第12回:バレエ解剖学2「コンディショニングの重要性」
第6回パリ・オペラ座バレエ学校教師による夏期講習会2017にて
アナトミー&コンディショニングを担当する扇谷、伊藤によるコラムを全3回に渡ってお届けします。
2回目は「コンディショニングの重要性」についてお話しします。
各講師のプロフィールはこちらをご覧下さい。
「コンディショニングの重要性」
条件を整えていく
前回の対談では、日本のバレエ教室で、様々な体の条件の人が学んでいるということから、コンディショニングの重要性について言及されていました。扇谷先生は、条件の悪さは、後天的なものが大きいとおっしゃられていましたね。
扇谷)
そうですね。コラム1でも述べたように、先天的な問題とされていることの中に、かなり後天的なものが含まれていると思います。もちろん遺伝的な要素があるのは事実ですが、一方で筋肉や骨格は運動中の刺激によって成長の方向性が決まってくるという側面があります。
その人の生活や運動の習慣が筋肉や骨の成長に影響するということですか?
扇谷)
そうです。多くの人は、姿勢や骨格上の可能性を100%発揮しないまま大人になります。成長の過程で、十分な運動をしなかったり、運動をしていたとしても、動きに偏りがあり、様々な体の動きを経験する機会がなかったりすると、100%の可能性を発揮することはできません。習い事でスポーツをしているから大丈夫、と思われている方もいらっしゃるのですが、競技スポーツは動きが偏ってしまいがちです。野原を駆け回るなど、多様な環境の中で、いろんな方向性からの刺激に対応する中で、筋肉や骨はバランスよく発達していきます。
なるほど。バランスが重要なのですね。
扇谷)
骨格に関しては20代前半でほぼ軟骨の骨化が終わりますから、幼少期からしっかりと体を使って、筋肉や骨をバランスよく発達させるのが理想ではあります。しかし、たとえそうでなかったとしても、関節の可動域や筋バランスの向上によって、体を作りなおせる可能性は常に残っています。わたし自身、O脚を直しましたし、10年前とくらべても今のほうが動けます。
伊藤)
特に、バレエの場合は、体自体が表現手段になりますから、体の調整はとても重要なことですよね。体を整えず、動きに癖がある状態でバレエのクラスを受けると、上手になるどころか、さらに動きにくくなることもあります。動きが悪い理由が後天的なものであるのに、「私は体の条件がバレエに向いていない」と諦めてしまうのはもったいない。コンディショニングで自分の体を整えてクラスに臨もう、という気持ちが大切だと思います。
コンディショニングのクラスでは、具体的にどのようなことをするのでしょうか。
伊藤)
年齢にもよるのですが、基本的には骨や筋肉について大まかに学びながら、各々の動きや感覚を確認する作業をしていきます。
例えば、股関節のコンディショニングとして、仰向けで膝を立て、股関節をいろんな方向に揺らして動かすことを行いますが、それをやっただけでも、クラスで脚が軽く上がるようになったと皆さん喜ばれます。本当にちょっとしたことなのですが、「変わった!」と驚かれるんです。そういった変化を、講習会では沢山経験していただき、レッスンに活かしてもらいたいですね!
第5回オペラ座バレエ学校教師による講習会
プレ・ジュニア アナトミー&コンディショニングクラスより
動きの本質を大切に
コンディショニングで体を整え、いよいよバレエのクラスを受けるといった時に、どういった点に気をつければ良いのでしょうか?
扇谷)
実は、バレエの動きというのは、本来はとても理にかなった体のトレーニングシステムで、きちんとやれば、それ自体がコンディショニングにもなるものだと思います。
伊藤)
バレエの動きは長い伝統と歴史の中で「型」として洗練され、体系化されています。フィギュアスケートや新体操の世界でも、バレエを取り入れているのは、そこに理由がありますよね。
扇谷)
例えば、プリエにしても、本当に正しいフォームを習得するように練習すれば、脚はまっすぐきれいに伸びてくるし、もちろん、外反母趾にはならない。正しいタンデュをすれば、コアの感覚も自然と養われてくる。ひとつひとつの訓練法の中にある意味を意識しながらレッスンすれば、柔軟性や筋力を向上させ、体をシステマティックに整えることができる。
バレエのクラスにおいては、全ての動きに意味があるのですね。
扇谷)
そこがバレエはすごいと思います。ただ力まかせに形を真似するみたいなやり方だと、もったいないですし、ケガに繋がってしまいます。レッスンでは、バレエの「型」の中にある意味をしっかりと意識すること。動きの外見に惑わされず、動きの本質をつかんでレッスンをすることが大切です。
伊藤)
それは特に、指導者が考え続けなければならない課題ですね。指導者が動きの本質をつかんだ上で、生徒の理解を促すように、クラスの内容、アンシェヌマンの組み方、説明の仕方、レッスンでの言葉かけ、その他、様々な要素を考えなくてはなりません。レッスンだけでは補完できないこともあるので、とても複雑で難しいのですが、真摯に取り組んでいく必要があり、また、私も含め、勉強し続けなければならないと思います。
正しい知識を持つ、イメージを持って動く
伊藤)
コンディショニングにしても、バレエのクラスにしても、重要になってくるのは、体についての正しい知識です。例えば、筋肉、骨、関節の位置など。解剖学はいわば地図のようなもの。正しい地図があれば、目的の場所にたどりつけますが、地図が間違っていたら、いつまでたっても、目的地には着きません。体に関しても同様です。筋肉や関節の位置、関係性が間違っていると、正しい動きはできません。
扇谷)
そうですね。例えば、「腕を動かす」と言った時に、どこから動きを始めるのか、ということ。腕をしっかり動かそうと思ったら、鎖骨、肩甲骨も動かさなくてはならないし、肩甲骨の動きと胸郭の動きを連動させなくてはいけません。
伊藤)
はい。これまでの生徒さんの中にも、そもそも肩関節や股関節の位置を間違って覚えている人がとても多く、そこを始点に動かそうと思ったら、当然動きは変わってきてしまう。だから、まず体に関する正しい知識を持つことが、とても重要なのです。
扇谷)
それから、大切なのは解剖学的な知識を頭に入れるだけでは駄目ということです。もし、知識を学ぶだけで上手に踊れるようになるのなら、お医者さんは誰よりもうまく踊れるようになるはず(笑)。
確かに。お医者さんはみな優れたダンサーということになってしまいますね(笑)
扇谷)
でも、実際はそうではない。バレエをうまく踊れるようになるためには、知識をただの知識として終わらせるのではなく、体の中に落とし込んでいく必要がある。その際に重要なのが「体の感覚としてイメージする」ことです。体について「知る」ということをベースに、それを動きの中でイメージして使っていく。腕を動かす時に、どの部位をどういう風に動かせばいいのか、そのときどんな感じがするのか、クリアにイメージできればその分だけ、動きが正確になっていく。また、イメージが多様にできれば、その分だけ動きが豊かになっていきます。
自分の体の感覚を信じて
扇谷)
もう一つお伝えしたいのが、自分の体の感覚にきちんと向き合う、ということです。バレエをやっている人の傾向として、体のコントロールを外から見た情報に頼りすぎてしまう傾向があるように思います。例えば、自分の感覚を明確に自覚する前に、すぐに鏡を見てしまうとか・・・。
伊藤)
私も鏡が大好きです・・・(笑)
自分が外からどう見えているか、気になるし、気にしなければならないのがバレエですよね。
とはいっても、第5ポジション、アラベスクの形といった、目に見える「外側」の情報だけを手がかりに、体を変えようとすることは、よい結果にならないことの方が多いと思います。例えば、「ターンアウトは、ここまで開かなきゃだめ」と無理やり開いて、型に自分の体をはめ込もうとする。バレエにおいて、そのような強制力もある程度は必要ですが、でも、実際はうまくできない、というか、本当の意味で使えるターンアウトにはなっていないことがほとんどです。
なるほど。見た目だけ変えても、効果的な動きは出てこないのですね。
伊藤)
また、外に開こうと頑張りすぎていて、筋力のバランスが不均等になっていることも多い。そうした場合、実は、頑張っている方向とは逆に、脚の内側の方向に力を抜いてあげることが有効になったりするのですが。そして、その時に必要になるのが、自分の体の中で何が起きているのかを感じる力なんです。
扇谷)
そうですね。鏡に囲まれたバレエスタジオという環境を考えると、外側に目がいきやすくなってしまうのだけど、もっと内側。自分の体の内側で感じている感覚を指標にして、動きを磨いていくということがとても大事だと思いますね。動かし方の指示がAとBの2つあったとして、どちらのやり方でやるのが正しいのかといった時に、Aでやるのが一般的だったとしても、Bでやる方が自分がリラックスして可動域を大きくできるとしたら、それはBでやるべき。自分の感覚として「いい感じがする」「やりやすく感じる」といったことを、もっと大切にしてほしい。
伊藤)
そうすれば動きの質は高まりますし、ケガのリスクも抑えることができます。一番避けたいのは、自分の体が何を感じているかということに盲目になってしまうことでしょう。
バレエは完成された型があるので、苦しくてもなんでも、とにかくそこを目指してしまいがちです。でも、大切なのは、その理想の型と、現実の自分の体とをどのように摺り合わせていくかということ。型を学ぶことと同時に、自分の感覚を信じることも訓練しなければなりません。そうすることで、より伸びやかで力強く、体の中から広がる美しい動きが生まれると思います。
(インタビュー・テキスト:筒井志歩)